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Artist 神野美紀 Miki Kamino

神野美紀

INTERVIEWインタビュー

神野美紀

創作の出発点を教えてください。

母親が不在がちだったこともあり、幼い頃から本やレコードをふんだんに与えられて育ちました。特に活字を追うことが好きで、いわゆる本の虫だったのですが、そのうち「私ならこうするな」と自分でも書くようになりました。初めて文章を書いたのは小学生の頃です。そこから、歌詞を書いたり歌ったり、ネット詩人として活動したり、今は言葉と視覚的な表現を融合させるというスタイルに辿り着きました。

詩や音楽、そして視覚表現というのは一見別ジャンルに思われるかもしれませんが、私にとってはどの活動も、言葉を共通の軸として、世界とのあいだに橋を架けようとする試みだといえると思います。

言葉と視覚的表現を融合させる理由とは何でしょうか。

本って、ページを開かないと何が書いてあるか分からないですよね。でもビジュアルアートならパッと目に入るので、普段文章に触れない方にも伝わりやすいのではないか、というのがきっかけでした。なので最初のうちは見てもらいやすい形にしたいという思いが先に立っていたんですけど、今は少し変わってきていて。私が表したいものが、アートの文脈を引っ張ってこないと表せない、というほうが近いかもしれません。

例えば、電車の車窓に詩を添えた作品では、夜の窓に自分の姿が映って外の景色と二重になる世界を詩として書いて、それをご覧いただく方にも体験していただきたくて、反射素材を使いました。文章を表すのに一番ふさわしい手法を、ビジュアルアートの文脈から引き寄せるという感じが近いでしょうか。

「波打つ月の晩」 作:神野美紀

インスピレーションはどんなところから生まれてくるのでしょうか。

特に意識して作品を作ろうとしているわけではなく、外の世界から常に何かを受け取っていて、頭の中がいつもうるさいんです。コンビニの行き帰りで見かけた景色をきっかけに詩が1つできたり、車の中から鳥が飛び立つのをみて作品が生まれたり。物と対話するというか、子どもが物と人を区別せずに話しかけるのに似ているかもしれないですね。詩集『月めぐりのうた』も、月齢ごとのすべての月と会話をするというコンセプトの作品です。

言葉と遊ぶのが普段の生活に溶け込んでいるというか、掃除している時って気づかないうちに鼻歌を歌っていることがあると思うのですが、それに近いかもしれませんね。頭の中にワンフレーズが浮かんできたら、すぐには外に出さないで、しばらく頭の中で泳がせます。形を与えてしまうと思考が止まってしまうような感覚があって。ある程度まとまって、もう耐えられない、外に出したいという感覚になったら初めて書き留めます。そこからさらに推敲を重ねて、完成に持っていくというのが普段のやり方です。

「空白」というテーマを意識されるようになったのはいつ頃ですか。

私が作品を通じて扱っているものが「空白」なのだと腑に落ちたのは、20歳を過ぎた頃だったと思います。夢日記をつけていたときに、現実と夢の境目がわからなくなってしまったことがあって。それが怖くなって日記をつけるのを止めました。そこでふと、夢を忘れるというのは自分を守るための“空白”なのかもしれないと思ったんです。

それまでも、伝えたいことがどうして伝わらないのだろうとか、人と繋がりたいけど繋がれないもどかしさとか、生と死の境界線がどこにあるのか分からないことがどうしても怖かったりとか、正体が分からないものと向き合っている感覚はありました。それらに共通するのが「空白」という概念であって、確かにそこに横たわって存在しているのに、触れられない、理解も及ばない。それでも向き合って言葉を尽くして表現したいと挑み続けている。自分はそんな作家なんだと気づいたんです。

「ゲシュタルトの祈り」 作:神野美紀

今後、取り組んでいきたいことを教えてください。

秋頃に『三行の空白』という作品集を出す予定です。章ごとにさまざまな空白の感覚を扱っていて、詩と小編小説のあいだのような内容になっています。タイトルの「三行」には、私なりの理由がありまして。文章の中で1行分の空きがあるのはごく自然なことですし、2行空けるのも段落や詩の切れ目として違和感はないですよね。でも3行になった途端「あれ?」と引っかかる感覚が生まれると思うんです。

そこが、読んでいる人が「空白」を意識し始める最小単位なんじゃないか、いわば閾値のようなものなのじゃないかと思っていて。見えるか見えないかの狭間にある「空白」、というのがこの作品集で扱いたいと思っているものの1つです。

「三行の空白 ー断章ー」 作:神野美紀

「空白」は、確かに存在するのに触れられない・理解しきれないもの。それでも伝えようとすることで新しく生まれる世界がある。神野さんの創作の根っこにあるその誠実さが、詩にも、アートにも、そしてこれからの新しい試みにも静かに流れているように感じた。これからの彼女の作品がどんな空白を描き出すのか、楽しみでならない。