Tokyo University of the Arts is known as the highest peak of art education in Japan. The Ueno campus is home to the wisdom of art and music, and new possibilities for expression are being explored every day. Behind the fact that we continue to produce talented people who are active on the world stage, such as Taro Okamoto, Takashi Murakami, and Ryuichi Sakamoto, is a unique educational environment that enhances individual sensibilities to the limit. At the beginning of this special feature, we will post a special interview with "TSDO / Mr. Taku Sato", who studied at the school and continues to redefine the concept of design. We will unravel the "essence of expression" that is loved throughout the ages from the perspective of the University of the Arts.

INDEX

01. Special Interview|佐藤卓 様(1979年 東京藝術大学 卒業)

「良いデザインとは、必要以上に気づかれないもの」
グラフィックデザイナー・佐藤卓が語る、長く愛されるデザインの本質

「ニッカウヰスキー ピュアモルト」「明治おいしい牛乳」「キシリトールガム」——誰もが一度は目にしたことのある、時代を超えて愛されるパッケージを世に送り出してきたグラフィックデザイナー・佐藤卓氏。父のデザイン道具への憧れ、LPレコードのジャケットとの出会い、そして電通時代に先輩からつきつけられた「デザイナーに向いていない」という一言——数々の転機を経て辿り着いた「デザインは自分の作品ではなく、クライアントの作品づくりを助けるもの」という哲学とは。AI時代にこそ求められる"新しい間"を見つける力について、その原点から展望まで語っていただきました。

LPレコードのジャケットデザインに憧れ藝大を目指した青年時代


- 佐藤さんはどんな幼少期を過ごし、いつ頃デザインに関心を持たれたのでしょうか?
小さい頃は、虫取りをしたりしてましたね。特に、クワガタが大好きでした。練馬区で生まれ育ったんですが、昭和30年代はまだ畑や森が多く、のどかだったんですよ。夏になるとカエルの鳴き声がうるさいぐらいの田舎で、生き物を捕まえる道具を自分で作ったりしていました。勉強はあまり好きではなく、図工と体育だけは成績が良かったです(笑)。

- 当時から絵がお好きだったのですね。
好きでしたね。父がグラフィックデザイナーだったのですが、父が使っていた「デバイダー」という道具があるんです。普通のコンパスは片方が鉛筆になっていますが、デバイダーは両方とも針になっていて、寸法を移す道具なんですね。そういう小学生が普通は知らないような、プロが使うデザインの道具で遊んでいたんです。小学校の授業でプラスチック製の安いコンパスを買った時、そのクオリティの差に愕然としました。家のコンパスは細く綺麗な円が描けるのに、安いコンパスは線の太さが変わったり、円が閉じなかったりする。幼いながらに「なんだ、この違いは」と。よくできた道具とそうでないもの、つまり「本物」が持つ精度の違いを肌で感じていたんです。

デバイダー


- 幼少期から本物に触れていたことが原点になったのですね。より本格的にデザインの道に進むまでには、どういったいきさつがあったのでしょうか。
中学生のときから、ロックを聴き始めるようになったんです。ビートルズやローリングストーンズなどを聴きながらジャケットをじっと見て、その世界を色々想像していました。LPレコードのジャケットには、写真やイラストレーション、タイポグラフィ、かっこいいファッションや車といった、魅力的な要素が山ほど表現されていました。かっこいい音とビジュアルが同時に自分の中に流れ込んでくる体験に、当然のように影響を受けました。それで、そういう仕事に関われるのはどういう仕事なのか考えたら、父のしているグラフィックデザインだったのです。父からは直接デザイナーの道を勧められたことは一度もありませんでしたが、高校3年生の時に夜間の美大予備校に入り、1浪して東京藝術大学のデザイン科に入りました。

- 藝大時代はデザインを勉強する傍ら、音楽にものめり込んだそうですね。
大学3年生のときにロックバンドに入ることになり、パーカッショニストとして参加しました。4年生からは本格的にライブハウスを回る生活が始まったら、そちらにのめりこんでしまって…。それで「大学院に籍を置けばまだ音楽の可能性を探れるんじゃないか」と思ったんですね。でも、仲間が就職し始めたりして、徐々にバンドが集中力を失い始めました。私自身も、音楽の基礎を勉強してないので「音楽で食べていけるのだろうか」と悩み始めたんです。家もそこまで裕福ではなかったし、自立しなくてはいけません。それでデザインの道に戻る覚悟を決め、電通へ応募しました。広告制作に憧れは全くありませんでしたが、なぜか「変わったやつだ」と面白がられて合格できたようです。ただ、今度は広告制作の現場で揉まれることになりました。

「佐藤くんはデザイナーに向いていない」スター社員からの痛烈な一言が転機に


- 入社早々、先輩から「デザイナーに向いてない」と言われたそうですね。
今でも忘れもしないですね。山口百恵さんの「いい日旅立ち」を起用した国鉄のキャンペーンなど、名作広告をたくさん世に出した、鈴木八朗さんという大先輩から言われた言葉でした。実は私、新入社員研修のときに、少しやんちゃをしまして(笑)。研修中、毎日提出する報告ノートがあり、最初は真面目に書いていたんですが、途中から普通に書くのがバカバカしくなってしまったんです。それで、斜めに1行だけ文章を書いたり、文章をぐるぐる丸めて書いたり、写真を貼ったりと色々いたずらをするようになったんです。それでも総務は毎回判子を押して戻してくれました。「いい会社だな」と思っていたんですが、後で聞いたら、総務で判子を押してくれたのは私の同期の女性で、かわいそうだから判子を押してくれていただけ。会社には「とんでもないやつが入ってきた」と思われていたそうです。

- 会社としては認められていなかったんですね。
そうなんです。それで、お灸をすえる意味で、鈴木八朗さんという厳しい先輩につけられました。結果的にはすごくハッピーな出来事だったんですが…。それで、銀座の中華屋さんで一緒にランチをしたときに「佐藤くんはデザイナーに向いてないね」と言われたんです。料理が出てくる前に言われたので、私はもう胃の活動が停止して何も食べられなかったですね。だけど相手は実力あるアートディレクター。ぐっとこらえて、一晩で立ち直りました。

「お前には力がない」と、力のある人に言われたことで、目が覚めました。翌日には、逆にスカッとしたぐらいです。今までの経験を全部捨て、ゼロからやればいい。プロの世界は甘くないぞ、とその一言で教えてもらいました。そこから真面目にデザインのことを考え始めるようになりました。部署を異動して、ニッカウヰスキーの広告を担当したんです。しばらくアシスタントをしていたんですが、ある時当時20代半ばだった自分が飲みたいようなウイスキーが1本もないと気づいたんです。その正直な気持ちを先輩に伝えたら「お前はどういうウイスキーが飲みたいんだ?本気で考えてクライアントに提案するなら場所だけは設けてやる」と言われたんです。それが「ピュアモルト」という、私の最初の仕事になりました。

佐藤さんが手がけたデザイン① ニッカウヰスキー ピュアモルト

- 「ニッカウヰスキーピュアモルト」は斬新なデザインで注目を集め、当時大ヒットした商品ですね。どのようにクライアントに提案したのでしょうか。
ネーミング、パッケージ、中身、容量、広告展開までをトータルでプレゼンしました。そのためには工場のことも勉強しようと、北海道と宮城県の工場に取材にも行きました。そこで「ピュアモルト」という、樽から出したばかりのモルトに出会ったんです。樽から出したありのままのウイスキーに若者は興味を持つのではないか、と提案しました。私は入社して3年で電通を辞めたんですが、退職直前に商品化の承諾が出ました。

電通から退職後も引き続き担当してほしいと言われ、独立後の初仕事になりました。この仕事が、今の全ての仕事のベースになっていますね。依頼がないところから提案を考え、相手の財産をどう生かすのかという視点を持った初めての仕事でした。商品は大ヒットしたんですが、今までとは全然違った考え方でデザインをしたので「一体誰がデザインしたんだ」と問い合わせが相次ぎました。それがきっかけで、マックスファクターシリーズなど次の仕事に繋がっていきました。

佐藤さんが手がけたデザイン② マックスファクターシリーズ

デザインは“間をつなぐ仕事”。デザインを「自分の作品」と呼ばない理由


- その後も「明治おいしい牛乳」など数々のデザインを手がけられました。中には、20年以上愛されているものもありますが、長く愛されるデザインを生み出すためにはどんなことが必要でしょうか。
まずデザインとは、“間をつなぐ仕事”だと思っているんです。例えば「明治おいしい牛乳」は、ナチュラルテイスト製法という新しい製法を使っています。搾りたての牛乳の味をできるだけそのまま味わってもらいたいという技術者の思いから生まれた技術ですが、その考え方をそのままデザイン化したのが、今のパッケージデザインです。

パッケージデザインとは、中身の考え方を外側に見える化することなんです。中身が素直に表現されていれば、クライアントも「自分たちの作品」として大切にしてくれます。だから長く残るんですね。これが ”デザイナーから渡された作品" だと「売れなくなったら変えればいい」という発想になり、デザインがコロコロ変わってしまいます。私は、クライアントの作品作りをお手伝いをしているというスタンスなのです。だから自分のデザインを「作品」とは呼ばないんですね

佐藤さんが手がけたデザイン③ 明治おいしい牛乳

- クライアントと共に作り上げる姿勢が重要なんですね。
そうですね。だから長く残るデザインのコツは、ないんです。中身がよければそれを素直にデザインすることで商品は残ります。同じく私がデザインを担当したロッテの「キシリトールガム」も、当時「ガム=歯に悪い」というイメージを覆す、画期的な商品でした。だから従来のお菓子らしいデザインではなく、「デンタル」というキーワードでデザインしたんです。
それをロッテさんと共に作り上げたので、彼らもそのデザインを誇りに思ってくれている。だからほとんどデザインを変えずにもうすぐ30年になります。一緒に作って、彼らに「自分たちの作品だ」と思ってもらうことが大切なのです。

佐藤さんが手がけたデザイン④ ロッテ キシリトールガム


- 「売り場でいかに目立つか」と言った、いわば広告的な発想とは対極的ですね。
私は広告的な作り方はしないんです。広告的なデザインは、その時代に人の心をキャッチできる。でも、商品のパッケージは何十年と続いていくものですよね。広告は、その時は新鮮に見えるんですが、時間が経つと色あせてしまう。そういう作り方をしたパッケージは目立つので、商品も一度は買ってもらえますが、だいたい消えてしまうんです。ある種の自然の摂理のようなものだと思います。

-  一方で、デザイナー志望の方には「自分の個性を表現したい」という方も多いと思います。佐藤さんにはそういった思いはありませんでしたか?
私自身も、個人の作品制作や個展を行うこともあります。そういうときは思い切りやりたいことをやります。でも、仕事においてのデザインは、つなぐことに神経を集中させます。例えば「にほんごであそぼ」(Eテレ)という番組制作に長年携わっていますが、素晴らしい日本語と子どもたちとをつなぐ役割に徹しています。そこに私の表現は関係ありません。
ただ、私自身も、デザインとアートの間で格闘している時期がありましたよ。電通時代も自分でイラストを書いたりコンペに出したりして、もがいていました。でも30歳を超えたあたりで霧が晴れたように「自分はデザインで行く」と決めることができました。

- 心が決まったきっかけは何だったのでしょうか。
ピュアモルトウイスキーの仕事の影響が大きいです。自分が考えたことが世の中で機能して、手応えを感じることができました。それから「デザインはもしかして面白いかもしれない」と思い始め、霧が晴れていきました。美大出身者はアーティスト志向が多いですから、デザインの仕事でもアート志向の自己表現をやろうとする人も多かったのです。それでも1980年代は景気が良かったから通用していたんですね。
ただ、私はそれを見ながら「アートとデザインはやるべきことが違うはずだ」と思っていました。デザインの中心と、アートの中心は別のところにある。ごっちゃにするのはよくない、と。私はデザインの方に重心を置こうと思ったわけです。私はあまのじゃくなので、みんなと同じ方向に行くのが嫌いなんですよ(笑)。人がいない方に行けば競争しなくてすみます。

良いデザインは意識されない。AI時代こそ問われる「新しい間」を見つける力


- ご著書『大量生産品のデザイン論』の中でも、デザインにおける気遣いの大切さを説かれています。日常生活でどのようにその力を磨いていけばいいのでしょうか?

デザインで間を適切につなぐためには、つなぐ両者に気を遣わないといけません。未来を想像して、今できることをする。それがデザインなんです。私も若いときは社会性がなかったので、やや傲慢なところがありました。それで大学生の時に、父から「もっと謙虚になりなさい」と言われたことがあるんです。それがデザインと繋がってきているように思います。まず相手のことを考える。例えば、混雑する電車で座っている時、自分が少しかかとを引いてあげれば前の人が足を踏まずにすみます。みんなが当たり前に気を遣い合う社会になれば、シルバーシートも必要なくなるはずです。ただ、これは私自身に対しても戒めの気持ちで言っています。口で言うのは簡単ですけど、難しいですよね。
本当に些細なことでいいんです。例えば、トイレットペーパーの切り方をどうしたら、次の人が気持ちよく使えるかを考える。私はつい「人の気配を感じないような切り口で、手に取れるような長さってどのぐらいだろう、7センチぐらいかな、5センチぐらいかな」と考えてしまうんです。

- 佐藤さんは常々「良いデザインは人に気づかれない」とお話しされていますが、その点にも通ずるお話ですね。
まさにその通りです。人の一番気にならないところが見つかると、デザインって消えるんですね。「明治おいしい牛乳」でも、試行錯誤を重ねてデザインが消える瞬間を探しました。消費者がデザインだと意識しないような、自然なラインを探るのが好きなのかもしれないですね。

- 最近ではAIの進化がめざましいですが、デザインの役割はどのように変わるでしょうか。

AIの進化は止まらないと思います。今まであった仕事がどんどんなくなるでしょう。シンボルマークなんて、いいマークが作れるかどうかは別にして、一瞬でAIが作ってくれる時代が明日にでも来るかもしれません。ただ、AIが台頭してくると、今まで全く想像できなかったところに“間”が生まれる。そこをみつけて、つなぐという新しい仕事が生まれると思います。やるべきことは無限にあるんですね。だから冷静に今を見据え、“新しい間”を見つける能力がデザイナーにも求められるでしょうね。我々がデザインする目的は何なのか、ということに立ち返ればいいんです。常に世の中の流れをキャッチして、身につけたスキルを生かす。その視野の広さがあれば、仕事は面白くなると思いますね。

佐藤さんの著書『大量生産品のデザイン論』

- 希望を持てるお話ですね。これからデザイン、アート業界を担う人にメッセージをお願いします。
偉そうなことは何も言えないです。でもテクノロジーによって、地球環境の変化など様々なことが明らかになってきたのは、ごく最近ですからね。だから本当の意味でデザインやアートが力を発揮するのは、これからだと思っていい。デザインやアートによってできる新しいことが発見されていくのが楽しみです。若い人には、ぜひ私たちに新しい考え方を突きつけてもらいたいですね。

- 今後の展望があれば教えてください。
やったことがないことがやれたら嬉しいですね。だから想像ができないんです。出会ったことがないものに出会い、したことがないことをしたい。「なぜそんなことを私に依頼してくるのでしょうか」と困ってしまうような仕事に出会いたいです。

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「デザインは自分の作品ではない」——この言葉に、佐藤卓さんのデザイン哲学がすべて凝縮されています。幼少期に感じた"本物の精度"に始まり、LPレコードのジャケットに胸を躍らせた少年は、紆余曲折を経て「間をつなぐ仕事」としてのデザインに辿り着きました。AI時代を迎えても、佐藤さんの眼差しは揺るぎなく前を向いています。テクノロジーが新たな"間"を生み出すなら、それをつなぐ力こそがデザイナーの本領になる——その言葉は、これからデザインに携わるすべての人への静かな、しかし力強いエールでもありました。


【佐藤卓 氏プロフィール】
1955年東京都生まれ。1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。株式会社電通を経て、1984年に佐藤卓デザイン事務所(現・株式会社TSDO)を設立。「明治おいしい牛乳」「ロッテ キシリトールガム」のパッケージデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」のシンボルマークなどを手がける。NHK Eテレ「デザインあneo」総合指導、21_21 DESIGN SIGHT館長、京都芸術大学学長。紫綬褒章、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞多数。


♦取材・執筆:市岡ひかり

02. 東京藝術大学 - 日本が誇る芸術教育の頂点

明治の近代化が生んだ、日本唯一の国立総合芸術大学

東京藝術大学(以下、藝大)の起源は、1887年(明治20年)に遡ります。西洋文化の流入という激動の時代、日本固有の美術を守り発展させることを目的に設立された「東京美術学校」と、西洋音楽の普及を担った「東京音楽学校」——この二つの官立専門学校が、1949年の学制改革を機に統合され、東京藝術大学として新たな歴史を歩み始めました。
創設当初、東京美術学校の初代校長に就任したのは岡倉天心。「日本の美術を世界に通用する高みへ」という彼のビジョンは、単なる技術教育を超えた芸術家の精神的育成を重視するものでした。この思想は130年以上の時を経た今日も、藝大の教育哲学として脈々と受け継がれています。現在は美術学部・音楽学部の2学部に加え、大学院では映像研究科や国際芸術創造研究科も擁し、美術・音楽・映像・文化財保存といった多彩な領域を網羅する、日本で唯一の国立総合芸術大学として君臨しています。

初代校長|岡倉天心

「入試倍率100倍」が象徴する、圧倒的な選抜と自由

藝大の特徴を語るうえで欠かせないのが、その徹底した実技重視の選抜です。油画専攻の入試倍率がしばしば100倍前後に達するという事実は、国内外から「本物を志す者」が集結する場所であることを雄弁に物語っています。
しかし藝大の真骨頂は、選抜の厳しさよりもその先にあります。入学後の環境は、驚くほど自由です。各専攻の学生は、国内最高峰の教員陣のもとで長時間にわたるアトリエ作業に没頭し、自らの表現を徹底的に問い直します。答えを与えられるのではなく、問いそのものを自ら発見する——この姿勢こそが、佐藤卓氏のようなデザイナーをはじめ、横尾忠則、山下洋輔、東儀秀樹など、各時代の第一線で活躍するクリエイターを生み出してきた土壌です。

伝統継承から最先端技術まで、時代と対話し続ける教育

藝大が今なお多くの才能を惹きつける理由のひとつは、「伝統の継承」と「時代への挑戦」を両立させる教育の厚みにあります。文化財保存学という独自の専門領域では、古美術の修復・保存を科学的アプローチで学ぶことができ、失われゆく技術と素材の研究は国際的にも高い評価を受けています。

一方で、テクノロジーとアートを融合させた新領域への取り組みも積極的です。横浜に拠点を置く映像研究科では、映画・メディア・アニメーションを横断的に研究し、新しい映像表現の可能性を模索。また、国内外の芸術機関との連携プログラムや留学生受け入れの拡充により、グローバルな創造的交流の場としての機能も年々強化されています。
時代が変わるたびに問われる「芸術とは何か」という根源的な問い——東京藝術大学は、その問いから決して目を逸らさず、日本の芸術文化の最前線であり続けているのです。

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