Interview注目の作家

デジタルアート
安藤美由紀
役者であり、ダンサーであり、そして画家でもある安藤さんの表現は、常に複数の視点と感覚を内包している。舞台上で培われた衝動性と、内面へ沈潜する絵画的思索が交差することで、彼女の作品は独自の深みを帯びている。その核にあるのはギリシア神話と演劇の世界。長い歴史の中で繰り返し人間の本質を描いてきた物語に自らを重ね合わせ、安藤氏は「時が止まる瞬間」をすくい取ろうとしていると語る。彼女がなぜギリシア演劇に惹かれ続けるのか、そして多面的な活動がどのように一つの作品へと結晶していくのか、その内側に迫る。
「眠りに落ちたヘラクレス」 作:安藤美由紀
画家としての1歩を歩み始めるまでを教えてください。

大学進学後、演劇学を専攻して演劇の知識を学ぶかたわら、演劇部にも所属して念願だった役者としての活動を始めました。ありがたいことにダンスも評価してもらったことで、コンテンポラリーダンスや舞踏など高名な指導者に教えてもらう機会もあり、ダンサーとしての表現の幅も広げてきました。役者やダンサーとしての活動は今も続けていて、画家として活動を始めたのは数年前です。美術館や博物館で総合案内や監視員の仕事をした際に、学芸員の方々からお話を聞いたり、直接美術作品を目にする機会があり、元々趣味程度ではありますが絵を描くことが好きだったのも相まって、段々と自分の中で『絵を描きたい』という思いが高まるのを感じていました。しばらくしてWebデザインやプログラミングを学ぼうとスクールへ通ったのですが、たまたまグループワークで一緒になった方に絵を褒めてもらえる機会があったんです。その方からiPadでのイラスト制作の方法なども教えてもらったことをきっかけに、本格的にデジタルイラストで作品を描き始めました。

表現という大きな括りで見れば、ダンスや演劇と絵画も同じだとは思うのですが、前者2つがより他者からの見られ方を意識する必要があるのに対し、絵画はもっと自分の心の内側を映し出したものだと感じていて、その違いが魅力的に思っています。

「美しき髪のディオニュソス」 作:安藤美由紀
制作活動のテーマとして「ギリシア悲劇」を選んだ背景をお聞かせください。

”ギリシア演劇”に初めて出会ったのは確か中学生の頃でした。ふと手に取った本がギリシア神話についての本だったんです。その中で描かれる神様たちの奇想天外で荒唐無稽なエピソードを読んで、人間以上に人間らしさを感じたというか、神様でさえここまではちゃめちゃなのだから、人間が完璧じゃないのだって当たり前だと感じました。”ギリシア演劇”は、きっと普遍的な人間の内面性を描き出しているからこそ何千年も愛され続けているのではないかと思うんです。親子関係ひとつとってもそうですし、社会におけるジェンダー差別だったり、人間の根源的な感情や構造的な問題を取り扱っているからこそ、きっと苦しい思いをしている人にこそ刺さるものがあるのではないかと思います。私自身、自分が本当に何をしたいのかをかえりみる度に、必ず”ギリシア演劇”に立ち返るんです。それほど自分にとって大きな存在です。

そして、”ギリシア演劇”を上演する上で欠かせないのが、原作をじっくりと読み解くというプロセスです。長い時間をかけて作品と向き合い舞台として作り上げていく中で、ふと『この瞬間を留めておきたい』と感じる瞬間があり、それを絵画として映し出していった結果、今のスタイルになったというようなイメージです。出来上がった作品は舞台のメインビジュアルとして使ったりもしています。

「ヒュプノス」 作:安藤美由紀
安藤さんが制作時に心がけていることを教えてください。

神話という身近ではないテーマではありますが、あえて説明的に作品を描くことはしたくないと思っています。作品を見てもらった時に、”時間が止まるような感覚”を覚えてもらいたいというのが理想なんです。私自身、作品の世界に入り込んでふと同化するような瞬間が好きで、それを映し出したいというのが私の作品制作のきっかけでもあります。だからこそ、見てもらった人にも伝わるように、自分が感じ取った印象を捉えて表現したいと思っています。また、実は数年前に98歳の祖母が亡くなったのですが、葬儀を執り行う過程で一番に感じたのは、祖母の死の”美しさ”でした。若くして数多くの苦労を乗り越えてきた祖母の、まさに有終の美とも言えるような美しさが確かにそこにはあるように思われたんです。その時の印象が強く、深く心に残っていて、作品にも明確な影響を与えているように思います。

今後の展望を教えてください。

実は最近は描きたいと思うものに変化が表れているんです。アウトプットを続けると、自分の中が枯渇していくように感じられるタイミングがあります。でもそれはきっと自分の中で描きたいものが変化していっているサインだと思うので、じっくりと自分の心の声を聞くように心がけています。自分が今何を感じているのか、何に心が動かされるのか、何が生まれようとしているのかに対して納得いくまで向き合うことで、自分の心を満たすようなイメージです。そうして心が満たされれば、コップから水が溢れるように、自然と描きたい作品が生まれてくると思っています。今後、自分がどんなものを描きたいと思うのか、どんな作品を作り上げていくのか私自身も楽しみです。

安藤氏の言葉からは、表現とは技術ではなく、生き方そのものなのだと強く感じさせられた。舞台と絵画という異なる世界に身を置きながらも、常に「自分の内側」に誠実であろうとする姿勢が、作品の深みを生んでいるのである。神話という遠い物語を通して、人間の普遍的な感情をすくい上げるその眼差しは、これからどのような世界を描き出していくのか。今後の表現の変化にも期待が高まる。

インタビュー: 2025/10/22