Interview注目の作家

油彩画
本部琢己
機械ではなく、人間の手で作り出すものにこそ趣はある——。AIが芸術作品すらも生み出すこの時代に、自らの感覚を研ぎ澄まし、至高の油絵を完成させることに奔走する本部琢己氏。武蔵野美術大学で油絵を学んだ彼は、動物や人物の魅力を引き出す独自の表現スタイルを確立してきた。その作品には写真を見ずに記憶と生態研究を融合させて描いた猛禽類、ペットと飼い主の愛情を一体として捉えたものなど、対象の本質を見抜く眼差しが光っている。画家としての自らの特徴や求めているもの、そして譲れぬ芸術への想いについて伺った。
「ライオン原画」 作:本部琢己
アートとの出会いについて教えてください。

小学生や中学生の頃、絵を描いて褒められるということがあったことと、中学生の頃からは徐々にデザイナーになりたいという夢が強くなってきました。高校生になると、デザイン志望で塾にも通ったのですが、どうしてもデザインだとクライアントの要件を飲んで仕事をするという型になりますから、自分自身をさらに表現するには油絵が一番適していると考え、高校3年から勉強し始めました。幸いにも現役で武蔵野美術大学に入学できたので、それからはずっと油絵を描き続けています。

作品のテーマやモチーフにはどのようなこだわりがありますか?

モチーフそのものの魅力を引き出せるところが絵画の魅力と考えていますから、対象の人物の性格や個性、動物であればその動物の持つ優しさや心というものを見抜き、表現することを心がけています。元々動物は好きなのですが、隣の家に犬を飼われている老夫婦がおられたり、動物園や水族館が好きなのでたまに観察がてら行ったりすることもありまして、作品にも反映させています。いずれ人が描いたことのないようなお魚の作品を創ることも自分の中での楽しみです。また、ペットを飼われている方から描画の依頼を受けることもありますが、ペットはもちろん飼い主の愛情もセットで描き上げることをポイントにしています。

そもそも同じモチーフを2、3度描くことよりも、常に新しいモチーフや生物を描くことにチャレンジしたいと考えています。難しい描き方をしなければいけない場合や誰も手掛けないような生物を描くことが自分のアピールポイント。動物や人それぞれの特性や優しさを引き出すことを主眼に置きつつも、自分らしさも作品の中に反映していきたいですね。

「ふくろう」 作:本部琢己
ご自身の中で一番手応えを感じた作品はありますか?

鳥類、とりわけ猛禽類や鶴などの絵でしょうか。彼らの生きている様を描くことが好きなんです。特に野生でたくましく生きている姿は非常に美しいですし、描くことで勇気をもらえる感じがします。ペットや動物園で飼育されている動物とは一線を画し、野生の鳥は独立して生きているという凄みや眼差しが本当に好きですね。

インスピレーションを受ける場面はどんな時でしょうか?

インターネットを見てアイデアを創ることが一番多いです。写真を撮ってアップロードしている方が多くいて、そういうものもよく拝見してはいるのですが、写真には絵画ほどの伝播力はないのかなとも思っています。それを絵にして形にすると、部屋の中に飾っていても非常に価値ある貴重なものに変貌すると確信しているんです。

私自身、描く時にはあまり写真を見ることはありません。自分が散歩に行ったり、動物園や水族館に行った時、パッとモチーフを覚える感じなんです。写真をそのまま描いても面白くないので、動物の生態研究などを行い、それを脳に叩き込み、動きを思い出しながら描きます。

少し見るだけでも結構覚えられるので、孔雀が羽を広げてくれた瞬間なんかも脳に叩き込んでいつまでも思い出にとっておけますよ。知り合いの飼い主さんのペットを見た後も『あのワンちゃんの表情や顔はどうだったかな』と思い出せるんです。見たものと情報をうまく組み合わせ、それをキャンバスに起こしていくのが私のスタイルだと思っています。

一瞬一瞬の幸せな情景というものを、写真に収めることは多くあるんでしょうけれども、それを絵として『画面に定着させる』ということをしたい。インテリアとしていつまでも家族がそばにいる…というような感じでしょうか。そういった思い出せる幸せをいつも自分の部屋の中にということをテーマにこれからも取り組んでいきたいです。

今まで画家活動に行き詰ったり、辞めたくなったりしたことはありますか?

アイデアに行き詰まった時はよく散歩に行きます。散歩に行った時に青い空や流れゆく雲、お店の前に飾ってある観葉植物など、自然界のものに目を向け、自分の固定観念に集中しすぎないようにします。いつも新しいものを感動しながら見るというトレーニングですね。これを描くのは難しいだろうという考えが出ることもありますが、それを乗り越えて絵になった時には感慨深いものがあります。

画家活動を辞めたいと思ったことはないです。仕事がなくなったとしても絵は描き続けます()。やはり絵に対する愛情や思考というものは生涯揺るぎないもの。絵の題材としたいモチーフやモデルはいつまでも覚えていますし、描く対象の景色、海岸、動物、人間のモデルさん含め、大事にしていきたいという思いが人一倍強くあって、絵にした時に自分の中で納得のいく思い出の一枚にしたいという強い想いもあります。そういったものをお客さんにも提供していきたいと考えています。

今は画家と仕事の二足の草鞋を履いていますが、仕事が一旦クリアしたら絵を描くという流れで過ごしています。仕事も楽しいですが、絵を描いている時が一番楽しいですし、筆を握っている時が私自身一番アグレッシブでいられる感覚もあります。絵を描くことで自分も成長できているので、それが楽しみでもあって…もはやライフワークなんでしょうね。

「シェイク・ハンド」 作:本部琢己
これからアートの世界を目指す方や始めたばかりの方に対してメッセージをお願いします。

コンピューターやITAIの存在感がますます高まる昨今、手作業で物を作り出すことは非常に重要なことだと思います。コンピューターが計算して叩き出したものを作ったとしても、つまらないものでしかない。逆に自分で手作りする料理の味や自ら音楽をやるときのピアノの演奏、絵筆や鉛筆を握るときの自らのインスピレーションというのは作りながら描きながら湧いてくるものもあるので、手作業で物を作るということも忘れないでほしいと思います。

生命へのまなざしと確かな観察力で、動物や人々の内面を温かく描き出す。自然や感情を自在に表現する筆致で、今後も新たな感動を届けてくれることに大きな期待が寄せられる。

インタビュー: 2025/10/19